農林中金は、早期退職やリストラをせずにいられるだろうか?

早期退職

農協の資金運用を担う金融機関「農林中央金庫」が、今年度1兆5000億円規模の赤字に陥る可能性があると明らかにしました。

農林中央金庫(農中)とは

農林中央金庫(以下、農中)は、農林水産業の発展させるための金融機関です。農協が集めた資金を増やして農協に還元することが、最大の使命です。

そもそも、農中を理解するためには、JAという巨大農業組織の構造について理解する必要があります。

JAの構造

JAは、市町村、都道府県、国の3つのレベルで異なる組織体が複雑に入り組んだ事業運営形態となっています。

JAバンクより引用

まず、市町村では、「農協」が業務を担っています。

次に、都道府県では、「JA中央会」「JA経済連」「JA信連」が担っています。

国レベルになると、「JA全中」「JA全農」「JA共済連」、そして「農中」が担っています。(なお、「JA全農」「JA共済連」「農中」は、都道府県レベルでの業務も担当しています)。

このうち、金融関係業務を取り扱っているのが、「農協」「JA信連」「農中」で、これらを総称したのが「JAバンク」です。

つまり、個人客が「農協」に持ち込んだお金が、JA信連、農中へと回り、農中が運用を行い、利益を農協を介して、個人客に還元するという流れになっているのです。

ちなみに、JAは農家でなくても利用できます。

農中の運用実態

JAバンクの預金料は108兆円です。農中によると、国内の個人の預金残高のシェアは1割近くあります。これは、メガバンク1行をしのぐ規模です。そして、運用する資金の額は56兆円です。

運用額が増えた理由

農中が運用する資金量が膨れ上がったのは、次のような背景があります。

  • 農家の兼業化が進み、農業以外の収益が増えたこと
  • 地価が上がり、農地の売却収入が膨らんだこと
  • 農家以外にも、農協利用する人が増えたこと

この一方で、貸出しは伸び悩みました。貿易自由化などに伴う農業の衰退で、資金需要が減少する一方でした。

預金が増えて貸出しが減った結果、余裕資金が積み上がり、有効活用するために運用に回す額が増えていったのです。農家が農業から離れていくのにも関わらず、農中の運用資金の額が膨れ上がるという状況になったのです。

エリート部隊による巨額運用の実態

農中は、56兆円もの巨大資金をアメリカのビジネススクール留学組に運用を任せてきました。世界中で様々な金融商品に分散して投資することで、年間3000億円に及ぶ収益を獲得してきました。「農中モデル」と社会から高く評価されたことによって、農家以外の資金が流入してきたのは前述のとおりです。

なぜ、運用に失敗したのか

高度な運用で実績を上げてきた農中が、なぜ今年度に多額の損失を被ることになったのでしょうか?

運用失敗の発端は、リーマンショックでの挫折です。

農中は、リーマンショック時の2009年3月期、グループ全体で5700億円余の最終赤字となりました。全国の農協などから1兆9000億円の資金増強を受けて、立て直しました。

この時の経験を教訓として、破綻や信用リスクが大きい投資を減らして、より安全性の高い資産での運用に切り替えたのです。その安全な商品が「国債」でした。

日本の国債は低金利で、農協が期待するリターンを得ることができません。そこで金利が高い米国や欧州の国債への投資を選んだのです。運用チームは、安全性を確保しながら、一定以上のリターンを得る算段でした。

ところが、その方針が裏目に出ます。欧米の金利が予想以上に上昇し、国債の価格が下落したからです。農中同様に、海外の国債を運用の中心に据えていた他の金融機関は、損失が膨らむ前に損切り売却したところもありましたが、農中は損切りしませんでした。なぜでしょうか?

  • 債券は、満期まで辛抱すれば、元の金額に戻る。
  • 米連邦準備制度理事会(FRB)や欧州中央銀行(ECB)は早晩利下げする。

一般的に、金融機関は、損切りはせずに満期まで持ち続ける投資戦略をとります。しかし、巨額の評価損を抱えたままでは、その間収益力が上がらないため、企業の体力が落ち続けてしまう悪影響があるのです。

さらに、農中は利下げに関する読み間違いを犯してしまったため、さらに損失が膨れ上がっってしまったのです。1兆5000億円の損失確定は、自力再建できるかどうかの瀬戸際だったのです。

このまま評価損を広げてしまうと、金融機関としての信用格付けが下がり、業務に多大な影響を与えます。さすがに、放置できなくなったことから、5月22日に来年3月期の最終損益が5000億円を超える赤字に陥る見通しで、総額1兆2000億億円規模の基本増強を要請する方針を示しました。それにとどまらず、6月になって今年度に売却する外国債券の額が10兆円規模にのぼり、損失の額が1兆5000億円規模に拡大する可能性があることを明らかにしたのです。

日本の農業への影響

今回の巨額損失は、日本の農業に大きな悪影響を与えないでしょうか。農協は、毎年3000億円の還元を受けていますが、今回の損失で約600億円の還元がなくなるそうです。この還元がなくならない限りは、ひとまずは安心であるといえるでしょう。

また、今回の農中の損失の穴埋めや増強はグループ内で行います。公的資金の流入は予定にありません。

しかし、農協の本来業務である農産物の販売は、すこぶる不振です。全国のおよそ8割の農協が赤字になっています。この赤字を埋めているのが、農中による運用の利益です。農中の運用如何では、さらなる危機に見舞われるリスクがあるのです。

早期退職やリストラの心配はないか?

現時点では、農中は人件費の切り詰めについて、何も言及していません。しかし、他の金融機関も共倒れしたリーマンショックとは違い、今回の巨額損失は農中の判断見誤りによる「単独事故」です。

膨れ上がった巨額資金の運用方法について、原点回帰で見直しがなされる可能性があります。その際、組織の見直しが起きて、従業員の解雇などに話が及ぶということも、想定しておかなければなりません。

リストラの激しい日本企業の中において、JAグループはぬるま湯体質の恩恵を受けてこられたようですが、今回の件で、その特権が泡のごとく消えていくのかもしれません。

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